MTV COPS MUSIC OF MIAMI VICE 特捜刑事 マイアミ バイス のページ

マイアミバイス”MIAMI VICE”とは
MIAMI VICEは1984年9月16日アメリカNBC系にて放映がスタートし、
その後、1989年まで5年間にわたり、5シリーズ全111話が制作された
アメリカのみならず、世界中で大好評を得た刑事アクションドラマです。
日本でも、”特捜刑事マイアミバイス”として1986年10月7日からテレビ東京系にて、放映されました。
残念ながら、日本では最終回まで放映されることはなく、80話分を放映されるにとどまりましたが、
放映当時は”ナイトライダー”や”超音速攻撃ヘリ エアー ウルフ”と共に
日本における外国テレビ映画のゴールデン枠放映の復活を支えました。
番組の魅力は大きく4つに分けられると思います。
1つ目はそのバイオレンスアクションと単純ではないシリアスなストーリー。
2つ目は主演のドン・ジョンソンとフィリップ・マイケル・トーマスのセクシーなカッコ良さとそのファッション。
3つ目は最新のヒットナンバーが取り入れられたMTV感覚の映像美。
4つ目は刑事アクションにとっては必要不可欠な乗り物や小物等のこだわり。
これらが全米の、いや世界中の若者から大人までを虜にしてしまったのだろうと思います。
マイアミバイスが出来るまで
 1984年を遡ること1〜2年、当時NBCのテレビプロデューサーだった故ブランドン・ターティコフ(元パラマウント映画の社長)は米3大ネットワークの中で、常に3番手にあえいでいたNBCの視聴率を上げる為に、数々の番組を立ち上げ、そして多くの成功を収めました。
 しかし、彼にはまだまだ新しいアイデアがありました。

 当時、開局間もないケーブルテレビ局”MTV”が若者の心をとらえ、大成功をおさめていました。
このMTVのムードを持った番組をゴールデン枠に持っていけないか?
”MTV Cops”
この時ひらめいたこの言葉がマイアミバイスという企画の起源となるわけです。
ターティコフはこのアイデアをユニバーサルテレビに持ち込みます。
それには訳があり、彼の番組ヒルストリートブルース”Hill Street Brues"で
エグゼクティブプロデューサーを務めていた、アンソニー・ヤーコビッチがここにおり、その彼に脚本を執筆させたかったからである。

その後、ヤーコビッチは番組のロケーションにマイアミを選ぶことになります。(フロントページにある番組のナレーションを見ていただければ、その理由は分かることと思います。)

 当時、テレビ番組の2時間のパイロット版を制作する予算は平均30万ドルといわれていましたが、マイアミバイスには倍近い50万ドルの予算が掛けられました。
NBC側は30万ドル捻出し、残り20万ドルをユニバーサル側が持ったわけです。
使い道はデイトナとボートでその半分を使ってしまい、イタリアンスーツやロレックス
で...
あっという間にその予算は使われていきます。
また、ロケも多く、夜の撮影も多かったため、それだけ予算が必要だったことも容易に頷ける話です。

(※2006年3月11日修正
 平均300万ドルといわれていましたが、マイアミバイスの場合は倍近い500万ドルの予算が用意されました。
 その際、NBCが300万ドルを用意し、残りの200万ドルをユニバーサルが準備しました。
 使い道はデイトナに12万5千ドル、クリスクラフトのヨットに15万ドルイタリアンスーツやロレックスなどの小物にもこだわり、あっという間にその予算は消費されていきました。
 もちろん、舞台はマイアミ!ロケも非常に長かったようです。
 本編でもわかるように、夜のシーンがとにかく多い!
 よって、制作費はあっという間に使われていきます。
 (当時のレートだと1ドルは220円〜230くらいだったでしょうか?)
 当時のレートで考えてはいけないのかもしれませんが、非常に多くの予算が掛かった撮影だったようです。)


 主演の2人についても、オーディションを繰り返し、あまり他の番組に色づいていない、それでいて皆があこがれるような
カッコよさを備えた2人、ということでドン・ジョンソンとフィリプ・マイケル・トーマスが選ばれました。
 また、エグゼクティブプロデューサーにはマイケル・マンが決まり、主要な制作メンバーは全て決定しました。

 パイロット版にはローリング・ストーンズやフィル・コリンズなどの曲が使われ、
放映翌日はラジオ局へのリクエストはマイアミバイスミュージックばかりになりました。
中でも、若者達はロックウエルのサムバディ・ウォッチング・ミーを聴きまくっていたようです。
 それもそのはず、パイロット版の視聴率は23.4%を稼ぎ、その週における視聴率第2位の番組だったのです。
そして、関係者達はその2週間後に始まる第1シリーズへ手応えをつかみ、
80年代最大のムーブメントを起こした刑事アクションドラマは始まっていくのでした。
日本でのマイアミバイス
 日本では、1986年秋からテレビ東京系にて、鳴り物入りで放送が開始されました。
いざ、蓋を開けてみると視聴率は3%〜5%程度と期待はずれの数字。
テレ東もいろいろてこ入れしたようですが、視聴率は伸び悩みました。
やはり、放映局がテレ東というところが問題だったのでしょうか?


※2007年5月11日修正
壮絶な国内放映権争いを制したテレ東が大きな期待を持って放映されたものも、爆発的な視聴率を得ることは出来ませんでした。
といっても、水準以上の数字を残し、80年代のテレビ東京のドラマにおいて、その歴史に残る番組となりました。

いずれ、ここでも数字に関しても紹介するかもしれません。)

 ただ、後の”あぶない刑事”やその他の刑事アクションドラマに大きく影響は与えており、近年でも反町・押尾の”ダブルスコア”の制作に当たって、
マイアミバイスの名前が出たり、クリエイター達には評価されていたようです。
また、主演の吹き替えが隆大介、尾藤イサオで、結構はまっていたため、番組ファンの間では、この点もかなり評判がよかったようです。
 エピソードについては残念ながら、第4シリーズ途中の80話のみまでで、打ち切りとなり、今日に至っています。
中でも残念なのが、ジート刑事殉職の回が”多分”契約の都合か何かで放映されなかったことと、この手のドラマには珍しく、きちんとした最終回としてのエピソードが制作されたにもかかわらず、放映されなかったことです。
 今後、映画化等の話の際に、盛り上がっていき”全話収録DVDセット”の発売といった形にでもなれば、よいのですが・・・
 日本でのマイアミバイス 第2章
そして、遂に・・・(2007年3月10日)
 現在は、CS放送のAXN(CS725ch)にて再放送が開始され、現在までシーズン1から順番に、1年に1シーズンのペースで放送されています。
(2007年3月現在、シーズン3の再放送中です。)

再放送といっても、シーズン3には本放送時には放映されなかった3話を含む放送であり、
赤ちゃん泥棒のエピをはじめ、ジート殉職の回も遂に日本のファンに向け放送されました。
蛇足ですが、こういったことから、今後は再放送という表現が当てはまらなくなるかもしれません。

今回初めて放送された3話に関しては、残念ながら吹き替えがあてられませんでしたが、今後吹き替えがあてられる可能性はあります。
こればっかりは、リクエストや評判などをはじめとする需要の高まりが絶対条件です。
事あるごとに、AXNさんにリクエストするのが最も効果的かもしれません。
これに関しては、権利元であるユニバーサルさん側にも多少なりともメリットがあり、ファンの後押し次第といったところでしょうか・・・

今秋以降も、AXNさんがシーズン4以降を順次放送してくれる可能性は大であり、今後も日本未放映エピも、順次日本のファンに紹介されていくでしょう。
現在、AXNさんによる独占放送と表現してもいい状態だと思います。
しかし、バイスファンの中には地上波しか試聴準備を整えていないファンも数多くいると思います。

そんなファンの方々にも朗報が・・・
もう既に多くの方々ご存知のことと思いますが、マイアミバイスは全てDVD化されます。
現在は、シーズン1と2が発売中で、シーズン3が2007年5月10日に発売予定です。
シーズン4がこの夏、そしてシーズン5はこの秋に発売される予定です。(感涙!)
DVDの特徴として、日本のテレビ放映では、尺の関係上エピソードの全てを放送したわけではなく、1エピソードあたり数分のカットがされております。
しかし、今回のDVD化に際し、全てのエピソードがノーカット収録されております。(吹替未収録部分に関しては、字幕収録。)
そういった点からも、ファンの方は皆さんDVDを買ってください。
管理人的には、このカット分は貴重だ、と思わされるところがいくつもあります。

とにかく、
ファンの願い、そう、見ることさえ叶わないといわれたあの最終回をはじめとする30話以上に及ぶ未放映エピを目にすること、あれだけ困難だといわれていたDVD化さえされ、全てを自分の物と出来るんです。
それも、音源完全収録の上、(モノラル放送分も含め)5.1ch化されています。(シーズン2現在)
 (ここで、管理人からのひとこと。購入したら、きちんと見ましょう!
  という管理人も、いまだにシーズン2のBOXをまだ見れていませんが・・・)

どんな方法にせよ、日本のバイスファンもようやく心のつかえが取れるのではないでしょうか・・・
サイト開設からたった3年半でこれですから・・・世の中わからないものです。
日本はもちろん、世界中のみんなの願いが強かったんですね。
よかった(^_^)
 日本でのマイアミバイス 第3章
本放映時につて(2007年5月27日)
 国内では1986年10月7日〜、毎週火曜日の21時に放送されていたマイアミバイス。
第1話〜6話までは、そのままマイアミバイスという番組タイトルでしたが、7話から特捜刑事マイアミバイスとタイトル変更され、〜88年3月29日の国内でも最終回まで放送されました。
オープニングに関しては7話のタイトル変更の際と、35話でと2度変更されました。
変更後のオープニングに関しては、いずれともなかなか味が出ていて良かったと思います。

さて、この時期マイアミバイスの裏ではどのような番組が放送されていたのでしょうか。

NHK総合ではニュースセンター9:00
日本テレビ系では、火曜サスペンス劇場
TBS系では、泣いてたまるか→毎度おさわがせします3→映画枠”ザ・ロードショー”
そして、フジテレビ系では、
なるほど!ザ・ワールド

裏番組は強力な番組が揃っていました。
問答無用のニュースセンター9時!
全盛期の火サス!
そして、バイスの前に、最も大きな壁として立ちはだかったのは、15年も続いた伝説の番組で、視聴率30%以上を獲得していたお化け番組 な〜るほど!ザ・ワ〜ルド でしょう。
(管理人も家族で見てました。(^_^;)

そんな中、バイスも健闘します。
じわじわと上げてきた視聴率は、半年を過ぎたあたりで最高潮を迎えます。
最高視聴率を記録したエピソードは
87年5月5日放送の
激突!死のカーチェイス・真夜中の娼婦惨殺事件/Florence Italy

その他にも、87年7月21日放送の
マンハッタン大銃撃戦!摩天楼を駆けぬけるフロリダの熱い風The Prodigal Son
も同等の高い視聴率を獲得しました。

やはり、シリーズ最大ヒットといわれるシーズン2が国内でも人気だったようです。
やはり、このあたりが最もバイスの人気が高かった時期といえるようです。

最後に、東西での比較話をしてみると、
圧倒的な人気を誇った関東に比べると、関西の方では視聴率がさほどのびなかったようです。といっても、管理人の周りではみな知っていましたが・・・
関西においては、得てして刑事ドラマは高い人気を誇り、関東よりも高い視聴率をマークするケースも多いのですが、バイスに関してはその逆の稀有なケースだったようです。

*:皆様の修正、加筆お待ちしております。お気付きになったこと等ございましたら、管理人までご一報下さい。